第8回海外研修報告書
訪問国:ドイツ(ダルムシュタット、ハイデルベルグ、ウーリッヒシュタイン、フランクフルト)
研修期間:2010年8月18日(水)~25日(水)
参加者:16名
1. 8月19日(木)メルク研究所視察
メルク (Merck KGaA) は、ダルムシュタットに本拠地を置く化学品・医薬品メーカーで、1668年設立し、従業員数は約33,000名の規模を持つ。
(1)メルク社の化学物質に対する姿勢と取り組み
化学物質は人々の生活を豊かにするために不可欠なものである反面、人の健康や生態系をはじめとする環境に対して影響を伴う。また違法薬物や爆発物、化学兵器への転用など危険を孕み、これらの製造にメルク社の製品が利用されたとなれば企業イメージに大きな打撃となるため、製造から使用に至るまで全てのプロセスに対し注意が払われている。
(2)安全管理体制の監査システム
メルク社は化学物質を扱う企業として環境や雇用者、地域に責任を持たなくてはならないという観点から、世界各地の事業所を対象に安全管理体制の監査システムを導入している。このうちEHS(環境・健康・安全)に関する監査は組織、運営状態、コンプライアンス、OHS、防火対策、セキュリティ、現場の状況、メンテナンス、清掃等に加え、各国の事情を加味した重点項目を(日本では地震という要素も加えている)定めて監査しているとのことであった。
2. 8月20日(金)ダルムシュタット工科大学視察
ダルムシュタット工科大学(1877年設立)はドイツの中西部ヘッセン州にある州立大学で、約19,000人の学生が在学している。外国留学生数は3,752名となっており、これはドイツ国内の他大学(平均8%)と比較しても高い割合となっている。工科大学ではあるが、工学系の他に自然科学、社会科学、人文科学等を持つ総合大学である。化学学部(今回の訪問先)は6分野の専攻がある。
(1)研究実験の安全対策
持続可能な運営・活動を目指し、特に安全部門については業務安全専門官(学外者:大学が委託)を配置し対策に努めている。日本と同様に労働に関する法律の適用は教員(研究者)・職員に対してであるが、大学では化学物質等を使用する学生にも同様の基準を適用いているとのことであった。
(2)廃棄物処理センター
廃棄物処理センターは1984年より学内組織立ち上げの構想が協議され1994年に設置された。大学の専用車で月に1回全ての建物を回り、実験系有害廃棄物をはじめ古い電子機器等までも回収しセンターに集めている。年間概ね10万~15万ユーロの処理費用が発生しているとのことであった。
(3)施設見学
実験室には保護眼鏡着用のGHSサインがあり、入室者は保護眼鏡着用が義務化されている。薬品棚毎の落下防止策はなされているが、瓶の接触を防ぐ間仕切り措置はされていない。(地震の多い日本とは異なる)
廃棄物処理センター内は試薬分別室・保管庫、廃液・固体廃棄物保管庫に分けられており、廃液保管は法律に則った扱い(保管・回収容器、換気、防爆など)を行っている。また、セキュリティ上の対策として不審者侵入の通報は直接警察へ行われる仕組みがとられており、保管管理の設備は非常に安全管理が徹底されていた。
3. 8月21日(土)ドイツ薬事博物館視察
ドイツ薬事博物館は1983年にミュンヘンで創設され、1957年よりハイデルベルグ城内の部屋を使用して調剤室、薬瓶、植物・動物・鉱物を原材料とする薬のコレクションなどが展示されている。宗教・医療と薬学の関わり、そして産業革命以降、自然科学が確立し、有効成分の抽出、合成方法の発見、工場生産への移り変わりについて説明を受けた。
4. 8月22日(日)風力発電・太陽光発電・木質ペレット暖房を取り入れた自治体運営の視察
ウーリッヒシュタイン市はフランクフルトがあるヘッセン州北部に位置し、約65平方km、海抜614m、人口約3100人の静かな農村都市である。主たる産業は農業であるが、過疎化がすすんでいた。1990年代より新たな産業として風力発電装置を市内に設置し、雇用の創設を行い成功した事例である。
現在市内には56台の風力発電装置が設置されており、この10年間で400万ユーロの利益をもたらしているとのことであった。
また、市の中央にある公共のセミナーハウスでは太陽光発電(年間4.2万KWhを発電し売電している)や木質ペレット暖房を取り入れている。木質ペレットとは木工製品の製造で発生したおが屑や廃材を圧縮成形した固形燃料で、これをボイラーの燃料として用いるものである。
木質ペレットは燃焼によりCO2を発生するが、炭素循環の枠内で総量を増加させないという考えから、化石燃料とは異なりエコロジーな暖房とされている。
ドイツでは豊富な木材資源を持ち、廃材の再利用ということもあって非常に安価に木質ペレットを入手することができる。重油ボイラーと比較して年間にかかる燃料費用を40%程度削減できているとのことであった。
5. 8月23日(月)パッシブハウスシステムを取り入れた公共施設(小学校)視察
ドイツでは冬季の暖房に非常に多くのエネルギーを消費するため、暖房にかかるエネルギー消費を抑制することを目的としてパッシブハウスは開発された。
パッシブハウスの最大の特徴は換気と断熱である。窓は非常にエネルギーを損失するため(特に冬季)、窓を開閉しての換気はほとんど行わず、建物内の換気は熱回収率の高い換気装置を用いて行われている。建物の断熱材は30cmもの厚さとしており、窓は3層構造のサッシが用いられている。冬季は教師・生徒が発する体温や照明などからの熱源を利用しており、暖房装置は備えているもののほとんど使用しないとのことであった。
通常ブラインドは建物の内側に備えているが、ここでは屋外に設置されており冬場は採光・熱を多く取り入れ、夏場は太陽光を遮り建物内を高温にしないよう自動制御で行っている。
これ以外にも休憩時間の自動消灯や、人感センサによる照明の点灯、ソーラー発電、雨水(トイレの水)の利用などを広く取り入れエネルギー消費を低く抑えることを達成している。
建築にかかるイニシャルコストは通常の建物より5%程度高くなるものの、暖房費用などのランニングコストを下げることができるので10年程度で相殺できるとのことであった。
パッシブハウス(リードベルク小学校)の視察
まとめ
5日間の日程で大学、企業研究所、再生可能エネルギーの利用方法、省エネ設備(パッシブハウス)を視察した。視察先では「環境」、「エコロジー」に加えて、「持続可能性」というキーワードが強く印象に残った。
企業においては、CSR(企業の社会的責任)の観点から雇用者、使用者、生態等の環境への影響を強く意識しており、化学物質管理において模範となる事も企業の使命として積極的に取り組んでいる。また、安全面においても自社ブランドを守るという観点から、リスクを回避するための様々な対策が取られていた。
また、大学においても社会責任(USR)として、環境への配慮はもちろんのこと、労働安全衛生面では研究者だけでなく学生の安全を守るために専門のセクションを置き、教育研究と安全の両立がなされていた。
ドイツにおいて風力発電・太陽光発電など再生可能エネルギーの活用は非常に進んでいる。政策としての電力買い取り制度がそれを牽引しているものと思われる。たとえそれが投機対象であったとしても、環境・エネルギーに関連する新しい産業がおこり、雇用が発生することは参考となる事例であった。
ただし、再生可能エネルギーは安価で安定した電力の確保という面では、まだまだ検討すべき課題が残っている。特に電気は蓄えておくことができず、また不足した場合は大規模な停電がおこり産業活動、生活環境に大きな影響が発生してしまう。
3月11日以降、福島原発の事故に端を発する電力不足は全国に波及しつつある。日本は周囲を海に囲まれ、隣接する国がないため電力を融通する術がなく、自国内で対応するしかない。短絡的な原発反対ではなく多様・多層で、かつ安定したエネルギー対策の検討が必要と感じた。
電力不足への対応としては省エネルギーな活動により、消費電力を節約する方法があろう。この点では幾つもの既知のアイデアを合理的に組み合わせたパッシブハウスは非常に参考となった。
日本の気候を考えた場合、一般的に高温多湿な気候であるため、暖房、冷房以外に除湿という要素も考えなければならない。また既存建物はパッシブハウス化することが難しいとのことであった。このため除湿、古い(省エネでない)建物に対する節電能力の向上という面では、新たな技術開発が望まれる。
今回の研修では、今後の大学における環境保全、安全衛生・環境管理、環境教育をはじめとした多方面の業務にかかわる上で得るものが多く、大変有意義なものであった。